第1節 麗江古城

 麗江市は世界の屋根ヒマラヤ山脈の北に広がるチベット高地とその東南に連なる雲貴高原の接点、標高2400mの高地にあります。
 チベット高地に住む人々にとってビタミン補給源として雲貴高原の茶は重要な生活必需品です。
 このお茶を馬で運ぶ茶馬古道の中継商業地として麗江は古くから栄えていました。

 

 麗江古城内(南北約1km・東西約2km)約6,000戸全部を、2004年2月13日~18日(愛知大学国際コミュニケーション学部のフィールドワークに弟と参加)と07年2月13日~18日の二度にわたり調査しました。
  獅子型21組:台座型60組:門簪型1組:門枕293組を確認しました。

 
 6,000戸の内門墩を備えているのは僅か80数戸だけです。
 門墩はやはり階層の違いを誇示する物なのでしょう。
 どの地方でも見かける抱鼓型(丸い太鼓を乗せた門墩)と箱子型(直方体を乗せた門墩)が1組も無いのがこの地の特徴です。 

 

   画像1:麗江市の位置                    (画像をクリックして 大きくなりますヨ)

 

   画像2:新華街翠文段85号の格子門 

        麗江古城はこの地域の中継商業地なので表通りは商店で、間口は

           取外し可能な“格子門”で門墩は使用されていません。

             門墩を備えた両開きの門は商店街でない裏通りや町外れの民家に

           あります。

 

   画像3:五一街下段24号の獅子型 
              獅子型門墩を備えた旅籠

 

   画像4:現文巷42号の門

              台座型門墩を備えた豪邸

 

   画像5:七一街興文巷17号
              門枕石を備えた民家


 

獅子型

  まず、獅子型門墩を紹介します。
 麗江古城内の獅子型門墩で文革で上半身が破壊されているのは4組でした。
 獅子が乗っている台が中間の凹んだ台座型のもの(画像:2)と箱型のもの(画像:4・6・8)と二種類あります。

   画像1:五一街文治巷132号 門

   画像2:五一街文治巷132号の獅子型台座

   画像3:光義街忠義巷19号の門
   画像4:光義街忠義巷19号の獅子型箱座
   画像5:五一街中段71号の門
   画像6:五一街中段71号の獅子型箱座

   画像7:白馬龍潭寺 山門 (光義街紺碧巷)
        門の前の池は綺麗な湧き水です。

        湧き水の池は旧城内に数箇所あります。
   画像8:白馬龍潭寺の獅子型箱座 (幅:21cm  長:76cm)

 

 無傷の獅子たちのほとんどは愛くるしい姿をしています。
 獅子が乗っている台は三種類に分類できます。
 台の中間が凹みそこに彫飾りの有る台座・凹みに彫飾りの無い台座・台に凹みが無い箱子の三種類です。

   画像1:義尚街文華巷18号の門
   画像2:義尚街文華巷18号 有彫飾台座
        内側に筆の模様が彫られています。
   画像3:五一街積善巷33号の門
      画像4:五一街積善巷33号 有彫飾台座
        台座の正面に麒麟・内側に仙鹿が彫られています。
   画像5:新義街密士巷29号の門
   画像6:新義街密士巷29号 無彫飾台座
   画像5:五一街積善巷 古城客機(旅館)
   画像8:五一街積善巷 古城客機(旅館) 無彫飾箱子
   画像9:五一街文華巷40号南隣
   画像10:五一街文華巷40号南隣の通路に保存された獅子型 無彫飾台座
         これには門扉軸を受ける穴が無く、門墩の役は果たせない門の飾と

        して設置されていたものです。

                (獅子高:31cm 幅:16cm 奥行81cm)

 

台座型門墩

 台座型門墩には台座の凹んだ部分に模様を彫ったものと模様のないもの二種類があります。

 

  先ず模様が彫られたのを紹介します。

    画像1:五一街文治巷125五号 門
   画像2:五一街文治巷125五号の台座型門墩
        内側には宝珠を背に乗せた馬が彫られています。

   画像3:五一街興仁巷上段74号の門
   画像4:五一街興仁巷上段74号の台座型門墩
        鹿が筆?を銜えた模様が彫られています。長寿の文人?

 

   画像5:五一街興仁巷中段48号の門
   画像6:五一街興仁巷上段48号の台座型門墩

        正面には二匹の獅子が繍球を弄ぶ獅滾繍球が、内側には子獅子と

      母親獅子が彫られています。

        
   画像7:七一街八一上段64号の門
   画像8:七一街八一上段64号
        正面と内側に寿が彫られています。2006年に門を改築した時新しく

       作ったものです。

   画像9:五一街文明巷附130号の台座型門墩
        正面に獅子が、内側には暗八仙韓湘子の竹笛が彫られています。
   画像10:五一街文明巷附130号の門内側
         『鉄製門扉に門墩はおかしい?』と思い中を見せてもらうと、『以前の

        木製門扉が痛んだので、最近蝶番の鉄扉にしした。』そうでした。
         それまでは扉軸は門枕の軸受けに支えられていたのです。

 

 台座の凹んだ部分に模様が無い例の紹介です。 

   画像1:現文巷42号の門

        麗江地方の伝統的な邸宅 
   画像2:現文巷42号台座型門墩
        

   画像3:現文巷19号対面の門

        道路幅の狭い商店街の商店の住宅部への門 
   画像4:現文巷19号対面の台座型門墩

                (高:19?cm 幅:25cm  奥行:28cm) 
        

   画像5:新華街翠文段53号の門

   画像6:新華街翠文段53号の台座型門墩の上に見事な蘭の花瓶が置かれて

       います。
        台座型門墩はこのように玄関先の飾り台として使われていたのでは??

 

   画像7:余家花園客機(旅館)でこの地方の伝統的な邸宅の第二門

   画像8:余家花園客機第二門の台座型門墩

 

   画像9:百歳坊47号

   画像10:百歳坊47号の台座型門墩

         他の台座型と様式が異なります。新しいのでは???

 

門枕

 門枕の殆どは石製で、木製の門枕木は僅かでした。
 普通は身分の高い家が門枕石を使用し、身分の低い方が門枕木を使用しています。

 従って門枕石と門枕木の割合は門枕石の方が少ないのですが、麗江古城では逆に門枕木の方が圧倒的に少ない不思議な割合です。

 

 門枕石には模様を彫った物と亞の枠だけを線で彫った物と何も彫っていない物の三種類がありました。

 

 先ず模様が彫られた門枕を紹介します。

   画像1:五一街文治巷97号の門
   画像2:五一街文治巷97号の門枕石
        正面と側面に模様が薄彫りされています。
        ここ正面は如意棒と筆と籠?が帯で結ばれた模様です。側面には

       草を銜えた羊?が彫られています。
        反対の正面には古代の戟と磬(吉祥慶事)が彫られ、側面には草を

             銜えた兎?が彫られています。
        
   画像3:五一街下段38号
   画像4:五一街下段38号の門枕石
        正面に霊芝?を銜えた兎が薄彫りされています。内側は薄彫りの草花

             模様です。

 

   画像5:五一街文治巷160号の門
   画像6:五一街文治巷160号の門枕石
        正面に植物を銜えている兎が浮彫りされています。

 

   画像7:五一街文華巷20号の門
   画像8:五一街文華巷20号の門枕石
        正面に避邪の獅子が浮彫りされています。

 

   画像9:現文巷58号商店
        昔は地主の邸宅だったそうです。
   画像10:現文巷58号商店の住居への門の門枕石
         正面に草を銜えた兎が薄彫りされています。

 

 亞の枠を彫った門枕石を紹介します。

   画像1:黄山下段60号対面の門

      画像2:黄山下段60号対面の門枕石

        三面(正面・側面・上面)に亜型の枠を彫っています。

 

   画像3:新義街蜜士巷14号牛家大院の門

        大きな門で全体が写真に入りきれません

        清朝雍正年間(1723~1735)に建てられた邸宅。牛家ではその 

      子孫が科挙に合格し湖北省黄崗の県令に就任した名家です。

   画像4:牛家大院の門枕石

        堂々として貫禄のあるものです。 

                 (高:24cm 幅:25.5cm  全長59cm)

 

   画像5:百歳坊6号

        800年前に建築された建物です。

   画像6:百歳坊6号の門枕石 石材はこの地方の五花石

 

   画像7:光義街光碧巷3号の余家花園

        この地方の伝統的な建築様式の邸宅です。現在は旅館

   画像8:余家花園の門枕石

        亜型でない枠取り模様が三面全体にほどこされています。

 何も彫られていない門枕石を紹介します。

   画像1:太史第 七一街興文巷71号の門
        李一族の故居で七代目の李樾は清朝道光十三年(1833年)

      に科挙に合格し、山東省定陶県知県を勤めた人の家です。
   画像2:太史第の門枕石 

        門扉軸は門枕上の門臼で支えられています。
   
   画像3:方国瑜故居 五一街文明巷
        方国瑜は民国時代の教育者・学者です。
   画像4:方国瑜故居の門枕石

                (高:28cm  幅:30cm  奥行:28cm)

   画像5:新義街百歳坊50号の門
   画像6:新義街百歳坊50号の門枕石

               ここでも門扉軸は門枕上の門臼で支えられています。

 

   画像7:光義街忠義巷118号の門

   画像8:光義街忠義巷118号の門枕石
        角を落とす洒落っ気のある門枕です。 (幅:20cm  奥行:20cm)

 木製の門枕木を紹介します。

 普通は石製の門枕が少なく、木製の門枕の家の方が倍位多いのですが、ここ麗江古城では木製の門枕を備えた家のほうが圧倒的に少ないのです。

   画像1:光義巷忠義巷43号の門
   画像2:光義巷忠義巷43号の門枕木

        門枕の先を切落とし洒落っ気を見せています。 
           (高:11cm 幅:19cm 全長:58cm)
   画像3:五一街中段20号の門
   画像4:五一街中段20号の門の門枕木
   画像5:光義街金星14号の門

   画像6:光義街金星14号の門枕木

 

新作の門墩

 麗江古城は世界遺産三部門(自然遺産・有形文化遺産・無形文化遺産)全ての指定を受けた世界の観光地です。
 世界中から多くの観光客を受け容れ、観光開発が盛んです。
 その一貫として旅館や商店のリニューアルが行われています。
 リニューアルに当たって見栄えの良い獅子型や台座型門墩が玄関に設置されています。

 


 

 建設時期の聞き取れた五例を紹介します。
   画像1:獅子型 1998年作 黄山下段37号土産物屋

              扉軸受台と獅子の石は種類が違い獅子型は新作でしょう。

 
   画像2:五一街下段30号旅籠

   画像3:上記旅籠の獅子型 1999年作 


   画像4:五一街下段24号旅籠

   画像5:上記旅籠の獅子型 2003年作 


   画像6:新義街積善巷26号ホテル

   画像7:上記ホテルの獅子型 2006年作

 

   画像8:七一街八一上段64号個人宅 
   画像9:上記住居の台座型 2006年作 
 これ以外にも近年の作と思われるものがかなり有りました。
 

 以前は“門墩は家の格を表す”物だったのが、今では“門の飾”になっているようです。いささか気掛かりです。

 

麗江市郊外

 2007年2月13日 麗江古城の郊外北北東の束河村や白沙村を散策しました。
 束河村は数年前高倉健主演の映画「単騎千里を駆ける」のロケ地で有名になった村です。
 そこで獅子型数組:門枕石3組:門枕木6組:門簪型1組:門臼3組を見ました。

【 束河村 】

   画像1:古美術商収集品
        村の古美術商が獅子型を沢山収集していました。

 

   画像2:重点保存民家の門
        村の重点保存民家に門枕石が使用されていました。

 

   画像3:民家の門
        民家に門簪型門枕木が使用されていました。
        門簪型門枕木については後に説明します。

 

 

 【 白沙村 】

   画像4:琉璃殿(国家重要文物保存単位)の山門
        琉璃殿は明の洪武十七年(1385年)に描き始められた壁画が鮮明

      に保存されているので有名です。
      画像5:琉璃殿山門の門枕石

 

   画像6:文昌宮 (撮影:柳井直躬氏)
    画像7:文昌宮の門枕石
        

   画像8:玉峰寺山門
   画像9:山門の門枕木

   画像10:玉峰寺第二門

        この第二門にも門枕木が使われていました。

        玉峰寺内の十里香院は樹齢五百年の椿があることで有名です。

 

   

麗江市 門墩の特徴

 麗江市の門墩事情には注目する特徴が2つあります。

 

 一つは軸受穴が無い門墩の存在です。
 門墩の重要な機能は門扉が軽々と開閉できるように門扉の回転軸を支えることです。
 しかし、門の内側になる部分に門扉の回転軸を受ける穴が無い門墩や門枕が多数あるのです。

   画像1:束河村の獅子型門墩
        門墩の後ろ=門の内側になる部分=に門扉の回転軸を受ける穴があり

      ません。
        私はこれを“門墩”と区別する為に“門砘dun”と命名します。
        ではこの“門砘dun”はどのように使用するのでしょう。
        門扉の軸を受ける木の門臼と一緒に使用するのです。
        黄河流域ではこうした“門砘”と門臼の併用を見たことがありません。

 

   画像2:麗江市獅子山の山門(内側)

   画像3:山門の“獅子型門砘”

 

   画像4:五一街文治巷118号民家の門

   画像5:民家の“門砘”

 

 もう一つの特徴は“門簪型門枕木”の存在です。

 門枕木は敷居で上から地面に押さえつけられ固定されますが、門簪型門枕木は敷居に差し込まれています。
 したがって門枕木の下面は地面に接していますが、門簪型門枕木の下面は地面に接しないで地面から浮いています。

   画像1:束河村民家の門
   画像2:束河村民家の門簪型門枕木
   画像3:新義街百歳坊56号民家の門
   画像4:新義街百歳坊56号民家の門の内側

 門簪型門枕木は麗江市以外では、長江のずーっと下流の河口の浙江省紹興市と寧波市の民家で使用されています。大変珍しい門の開閉装置です。

 

 

 浙江省寧波市郊外前童鎮の師範教育や職業教育に使われていた連合中学校が民族博物館に転用された建造物の正門の裏側です。
 石の敷居に差し込まれた門簪型門枕木が門扉の軸を受けています。

  “門と門簪型門枕木の存在”が麗江の特徴です。

第1節 麗江市 終